ホーム
2007年12月28日 じゃかるた新聞掲載

2007年ベスト・アルバム
ロック・ポップス編

 多様な音楽が息づくインドネシア。今年はテレビドラマや映画の主題歌でヒットを狙うバンドブームの年となった。筆頭はウング。レット、ドライブをはじめ、カンゲン・バンド、マタ・バンドなど類似バンドが次々に注目を集めた。ここでは人気だけでなく、クオリティも重視し、ロック・ポップス編とトラディショナル編の2回に分け、じゃかるた新聞編集部が選んだベストアルバムを紹介する。(文中の○数字はアルバム中の○曲目を示す)
トリー・ウタミ「Kekasih Bayangan」
トリー・ウタミ「Kekasih Bayangan」

◇トリー・ウタミ【Kekasih Bayangan】

 実力派女性歌手のトリー・ウタミが新たなインドネシア・ポップスを生み出した。国内の音楽シーンのトレンドとは別世界。コンテンポラリーやジャズ・フュージョンのスタイルをベースにするのでもない。スンダ(西ジャワ)のトラディショナルな要素を随所に散りばめながら、従来のスンダ語のポップスとも異なるアプローチで珠玉のミクスチャー・ポップスに仕上げている。
 アコーディオンとピアノを絡めたスローな(1)やスンダ風のボーカルをポップに聴かせる(2)で、独自の世界に引き込む。(5)ではクンダン(両面太鼓)や縦笛を挿入し、(6)はスンダの旋律を幻想的にアレンジ。ダンスチューンに弦楽器ルバッブやクンダンが絡む(8)が続く。曲名に「ラテン+インドネシア」を冠した(9)で幕を閉じる。
 欧米でも活躍するエスノフュージョンバンド、クラカタウの元ボーカリストらしく、クラカタウの旧友の全面的なサポートを得た。女性歌手の宝庫のはずのインドネシアで、久しぶりに艶のあるボーカルを堪能できるが、やや脆弱なサウンド・プロダクションだけが惜しまれる。

デウィ・デウィ「Recycle」
デウィ・デウィ「Recycle」

◇デウィ・デウィ【Recycle】

 デワ19のリーダー、アフマッド・ダニが監修するSCTVのオーディション番組で選ばれた女性三人のデビューアルバム。ダニが十二曲のうち十曲を作詞作曲。ABスリーのような端正なコーラスグループにせず、ロックやR&B色を前面に出すトリオとしてプロデュースした。
 (1)はデビューヒット。(3)などのデワのカバーもコーラス中心に仕立て直し、クイーンのカバー(5)や(12)のようなバラードを散りばめるなど、曲に合わせてカラーの異なる三人のボーカルを使い分けた。ダニの妻マイアのユニット、ラトゥは誰でも口ずさめる歌謡曲風のJロックでヒットを連発したが、ここではコーラスを中心に据えた。デワのバックボーカルからは、女性歌手のレザやシャンティら実力派を輩出してきただけに、プロデューサーとしてのダニの手腕が十分に発揮されている。
 ダニにとって離婚騒動の年となったが、逆境でさらに磨かれたポップ・センスはきちんと評価されるべき。別プロジェクトとしてザ・ロックを立ち上げ、オーストラリアのビッグバンドとの共演アルバムもリリースしている。

◇アンドラ&ザ・バックボーン【Andra & The Backbone】

アンドラ&ザ・バックボーン「Andra & The Backbone」
アンドラ&ザ・バックボーン「Andra & The Backbone」
 今年最も注目されたごつごつのハードロックバンド。国内の音楽シーンに大きな影響を持つデワ19の結成当初からのギタリスト、アンドラのソロ・プロジェクト。デワの「総帥」でヒットメーカーのアフマッド・ダニの手を離れた分、計算高さがないストレートなロックバンドとなった。
 当初は「デワ解散」「ダニとの決別」と世間を騒がせたものの、むしろアンドラを好きなように泳がせ、デワ内の結束を高めようというダニの計算だったよう。ダニの影で才能を発揮できなかったギタリストが一念発起した力作。
 ボーカルは元ジャーナリストのデディ・リサン、ギターはスティービー・イテム。デディの声はデワのオンチェと似たハスキーボイス。アンドラの曲は、米オルタナティブ・バンドのフー・ファイターズやメロコアのアタリスに影響を受け、力強くスピード感がある一方で「甘さ」を秘めている。
 女を落とすには(8)を攻略すべし。「置いていかないで、君なしでは何もできないよ。君はぼくの血で、心臓で、人生、ぼくを完全なものにしてくれる」だって。甘い。

ウング「Untukmu Selamanya」
ウング「Untukmu Selamanya」

◇ウング【Untukmu Selamanya】

 メロメロのラブ・バラードで、センチメンタルな曲を好むインドネシアの音楽ファンを魅了し続けるバンド、ウングの最新作。ボーカルのパシャの甘い声とメロディアスな曲の相性はばっちり。ここという時に重ねるコーラスも効いている。
 分かりやすいメロディーでライブ受けしそうな(1)で始まる。泣きのギターが印象的な?で早くもウング節炸裂。ヒット曲(3)と合わせ、歌詞とメロディーでファンの心をわしづかみにかかってくる。「信じて、君こそ僕の愛」「ずっと探し続けてきたもの」「僕の残りの愛情全てをあげるよ」「この長い人生の愛全てを」。うーん、ノックアウト!
 レトロな感じの(4)を交じえ、(5)(6)(7)(9)とお得意のバラード攻勢。明るい感じ、しっとりした感じ、さまざまな調子のバラードを作り分けるメンバーの才能には驚くばかり。初めてのリスナーをも飽きさせない作りになっている。さわやかなロック・ポップ調の(8)(10)(11)もマル。
 ただ曲調や構成にあまりひねりがないため、はじめから最後まで聞くとちょっと冗長に感じてしまうかも。次に期待したいものです。

◇アドリアン・アディウィトモ【Delta Indonesia】

アドリアン・アディウィトモ「Delta Indonesia」
アドリアン・アディウィトモ「Delta Indonesia」
 アルバムタイトルからして強烈だ。世界を席巻するブラックミュージックの源流の一つとなった一九二〇年代の米国ミシシッピ川流域生まれのデルタ・ブルースが、独立前のインドネシアに伝播していたら…とのコンセプトで制作された。本格的なドブロ・ギターをかき鳴らしながらの弾き語りという地味なスタイルだが、存在感だけで現在の音楽産業に対するアンチテーゼとなっている。
 十四曲のうち英語五曲、残りはインドネシア語。先達のカバーではなく、すべてオリジナル曲。黒人と同様、植民地下で奴隷として酷使されていたインドネシア人の心境を歌った(11)は圧巻。「もう弾圧も鞭もない」「もう解放された。主人のもとには戻らない。俺は神様のもの」と歌い上げる。
 音域を意図的に狭めてマスタリングした曲もあり、ロバート・ジョンソンの七十八回転レコードを聴くような感覚を再現。蓄音機のアームが「カタッ、カタッ」と鳴る音も入れるこだわりぶり。ライナーノーツでは歴史の想像力を膨らませる。「ブルースに似た国内の伝統音楽もある。米国のブルース奏者が持ち込み影響を与えたのかも」。

ギタ・グタワ「Gita Gutawa」
ギタ・グタワ「Gita Gutawa」

◇ギタ・グタワ【Gita Gutawa】

 「天使の歌声」といえば、十二歳で世界を席巻した英のシャルロット・チャーチ。インドネシアではギタで決まりでしょう。クリスダヤンティらトップ歌手を手掛ける敏腕アレンジャー、エルウィン・グタワの愛娘で、わずか十三歳ながら、声域もある実力派。
 (1)では「恋に落ちたの。パパ、人生の贈り物を楽しむ私を許して」と初恋の甘い歌詞を、小鳥がさえずるようなボーカルで歌い上げる。現代になかなかいないタイプの純美少女に癒される。
 曲提供にはメリー・グスラウ、グレン・フレッドリー、デウィック、アンディ・リアントら、ヒットメーカーがずらり。オーディション番組「インドネシアン・アイドル」でブレイクした男性歌手デロンとのデュエット(5)は、ディズニーの姫と王子のような絡みで相性抜群。
 ドラマ主題歌にもなった(3)(6)は、駆け抜けるような爽快感があり、希望に溢れた時代を思い出させてくれるようで、個人的におすすめ。飲酒、暴行とスキャンダルにまみれた本家シャルロットのように「堕天使」とならぬよう祈ります。

サムソンス「Penantian Hidup」
サムソンス「Penantian Hidup」

◇サムソンス【Penantian Hidup】

 前作のアルバムに収録された大ヒット曲「クナンガン・テルインダ」でブレイクしたサムソンスの最新作。メロディーをしっかり作り込みながら、ギターサウンドやフレーズにも光るものを感じさせる、完成度の高いロックバンド。
 全体的にアコースティック・ギターとシンセサイザーを多用し、メロディアスな曲が多くなった印象。目を閉じて聴くと、降りしきる雪が頭に浮かぶしっとりしたバラードや、木枯らしと落ち葉が舞う秋の情景を思い出す曲が並ぶ。
 シンセサイザーが印象的な(7)、アコギのコードとピアノで聴かせる(6)。三拍子を使った(3)(9)、ハネる軽い感じのリズムで思わず体が動き出す(2)も良いアクセント。もちろんサムソンスお得意のバラード(4)もしっかり控えている。
 一方で、前作の「クハディランム」を思わせる、ドライブに最適なイケイケロックの(1)(10)も健在。個人的には前作より捨て曲がなくなり、まとまっていて好き。常夏の国で秋、冬を感じたい人におすすめです。

ニジ「Top Up」
ニジ「Top Up」

◇ニジ【Top Up】

 現在のインドネシアの音楽シーンに外せないバンドに成長。昨年デビューした六人組ロックバンド、ニジの三枚目。全十二曲収録。今年前半に二枚目のアルバム(ファーストアルバムの英語版)をリリース。オリジナルアルバムとしては、このアルバムが二枚目。前作でインドネシアのアーティストでは珍しい英語曲でヒット。これで彼らの力が証明され、次回作に対するメディアからのプレッシャーがあったかもしれないが、それを跳ね返すアルバムを世に送り出した。
 彼らの音楽の持ち味であるポップさを維持しつつ、音はより明確になった充実の一枚。
 過去のヒット曲を網羅したサウンドエフェクトからアルバムはスタート。今回のアルバム発売に先行し、ドラマとのタイアップとなった(2)。(6)の英語詞の曲は、ディスコの雰囲気が漂う八〇年代風。(6)と(7)が一番聴きやすく、また曲順の組み合わせもベスト。ピーターパンは知ってるけどニジは知らないという人、乗り遅れないように聞いてほしい。これが今、インドネシアで流行ってる音楽です。

シェリナ「Primadona」
シェリナ「Primadona」

◇シェリナ【Primadona】

 映画「シェリナの冒険」(二〇〇〇年)以来、「少女」歌手として人気を得てきたシェリナが「大人」の歌手へ変ぼうを見せた一枚。これまでの可愛らしい曲は姿を消し、ロック、パンク調の曲にも挑戦。自身で作詞、作曲もした意欲作になった。
 リリース当時、シェリアは十六歳。過去の成功が大きい分、これまでのイメージを変えるのは簡単ではなかっただろうが、イメージチェンジは十分に果たせただろう。
 スランクのギタリスト、アブディ・ヌガラとの共演したロック調の(3)などは、緊迫感のあるメロディにボーカルが負けている印象もあるが、(6)や(7)のようなポップな曲はすでに高い完成度になっている。
 挑んだことの全てが成功しているわけではないが、十六歳にしてこれだけの歌唱力があり、作詞、作曲、編曲にピアノ演奏までこなしてしまう才能には脱帽。
 さらに成長し、新しい面を見せてくれるだろう次回作にも期待できそうだ。

ナイフ「Televisi」
ナイフ「Televisi」

◇ナイフ【Televisi】

 一九九八年に登場して以来、音楽やファッションのレトロブームの火付け役になり、急成長するインディーズシーンのヒーローとして君臨するナイフの五作目。日本人女性による日本語アナウンスで幕を開け、タイトル通り、テレビ番組一覧を見るような感覚のアルバムデザインが施された。
 (3)(5)(8)(10)のようなバラードの比重がやや大きいが、ディスコチューン(4)、ロック(7)、ニューウェーブ(9)など、前作のインド風サイケに続く遊び心も。「インドネシアのビートルズ」クス・プルスのように、さまざまなジャンルを自己流にアレンジ、パロディーにしていくセンスは、無自覚にコピーに終始するバンドとは一線を画する。ただ、ナイフにはもっと型破りのアルバムが作れるはず。五枚目を乗り越え、早くも確立した自らのスタイルを壊していってほしい。
 ナイフの成功が音楽シーンに与えた影響は大きく、後続バンドを次々と生み出した。その成果として、今年は後輩たちによるナイフの曲のカバー集「ムシン・ワクトゥ」もリリースされている。

◇ジョクジャ・ヒップホップ・ファウンデーション【Poetry Battle】

ジョクジャ・ヒップホップ・ファウンデーション「Poetry Battle」
ジョクジャ・ヒップホップ・ファウンデーション「Poetry Battle」
 ジョクジャカルタがインドネシアのヒップホップの一大拠点となっていることはあまり知られていない。高級ホテル以外では、ジャカルタのような巨大なクラブもない古都で、伝統的に盛んなポエトリー・リーディングとヒップホップを融合する試みが行われている。このアルバムは、中部ジャワ地震で被災地を巡演するイベントで人気を博したキル・ザ・DJを中心とするラッパーたちが制作。インドネシア語とジャワ語のラップを満載した。
 ベストトラックは(3)。インドネシア語のラップにジャワのシンデン(歌手)のような女性のバックボーカルを繰り返し挿入。(4)ではジャワ語の掛け声で盛り上げる。(6)は性的な詩を女性歌手がスローなR&Bで歌い上げ、(7)では歴史書ジョヨボヨの古代ジャワ語をラップで披露。雨などの効果音をバックに、詩人ハイリル・アンワルの作品をラップ風に読み上げる(8)などユニークな作品も。
 ジャカルタのラッパー、イワ・Kが日本でアルバムをリリースしてから約十五年。模倣に飽き足りない新世代の台頭を感じさせるアルバムだ。

ギギ「Peace, Love In Respect」
ギギ「Peace, Love In Respect」

◇ギギ【Peace, Love In Respect】

 日本やアメリカへの海外コンサートツアー、映画「ブローニーズ」のサウンドトラックやイスラムをテーマにしたアルバム三枚をリリースするなど精力的な活動を展開している人気ロックバンド、ギギの十六枚目のアルバム。ヒット曲の(1)「ナカル」(2)「11 ジャヌアリ」含め全十曲収録。
 (1)は「パナス、パナス…」と連呼するサビが印象的。当地のMTVを見ていた人なら、このバンドの曲かと分かるはず。(2)のバラードもいいが、(6)のバラードも秀逸。(10)は世界的に活躍するインドネシアの女性歌手アングンに提供した曲のセルフカバー。
 今年デビュー十三年目を迎えた彼らにとって初のアコースティックアルバム。メンバーであり、インドネシアを代表するギタリストのデワ・ブジャナのギターの音色が、このアルバムの核になっている。初めて聴く方にも聴き易いミディアムテンポの曲が多く、それぞれの曲が突出しているので、聴き飽きない内容。インドネシアのバンドの曲を聴こうかなと考えている人に聴いてほしいアルバム。


2007年ベストアルバム トラディショナル編


ホーム | この一週間の紙面
 Copyright © 2007 PT. BINA KOMUNIKA ASIATAMA, BYSCH
 All Rights Reserved.