イソギンチャクを観察すると、少し大きめのと、中くらいのが1匹ずつ、それから、場合によっては、複数の小さいクマノミが同居している。クマノミちゃん一家である。
小さいのが子供(幼魚)だということは、大抵の人が想像する通りであるが、残りの2匹のうち、どちらがオスで、どちらがメスか? 答えを先に言ってしまおう。大きい方がメスだ。カクレクマノミやセジロクマノミでは、それほどでもないのだが、その他のクマノミ類では、倍以上も大きさが違う。
陸上の動物の場合、オスの方が大きく、ライオンのタテガミやニワトリの鶏冠のように、立派な装飾で見栄えがするものが多い(人間は、この点に関しては例外???)。海の中でも、この原則は生きているのだが、クマノミは例外だ。ただし、メスは大きいだけで何となく不細工、彩りも悪い。種類によっては、まったく別の種族に見えるものすらある。
■一夫一婦制で仲良く
クマノミ類は一夫一婦で、とても仲が良く、何らかの理由で片割れが死なない限り、通常、ペアは変わらない。当然、浮気もなしで、どこかの生き物とはえらい違いだ。
ところで、通常は、とわざわざ書いたのには、やっぱり理由があるのだ。自然界ではあまりないのだろうが、クマノミ夫婦の世界に別のメスかオスかが紛れ込むと、ちょっと興味深いことが起きる。
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ハマクマノミの夫婦。大きくて黒っぽい方がメス
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例によって好奇心旺盛にして、お節介なる筆者は、生態学実験と称してこれを実施したのだ。メスでもオスでも、新参者に対して激しい反応を見せたのは同性の方であり、異性の方は知らんぷり。同性同士で、夫なり妻なりの座をめぐって、かなり派手な、ひと騒動が持ち上がる。
結局、体の大きい方が勝ち、負けた方は追い出される。追い出されると言っても、イソギンチャクのお家を離れると自然界の恐怖の掟が待っているから、そう簡単には離れない。負けた方は、お家の裏庭辺りに追いやられる。
勝った方も武士の情けか、あまり深追いはしないようだが、少しでも表に出てくると、ゴツンとやっている。そのうちに、やっぱり、ほかの魚に食われてしまうのだろう。
■子供は流れてきた居候
クマノミは、卵をイソギンチャクの裏辺りに産み付け、孵化まで夫婦で(というより、特にオスが)よく面倒を見ることでも知られている。ところが、である。イソギンチャクの中にいる子供クマノミは、彼らの実子ではないのだ。
孵化した赤ちゃんクマノミは、どこかに潮で流されてしまう。自然界の厳しい掟の中を生き延びて、たまたま、そのイソギンチャクの周辺に流れてきた、よその子供が、居候で住み着いているのだ。
クマノミの生態学上で、もっと、興味深い点がある。老衰でもアクシデントでも何でもいいから、夫婦の片割れが死んでしまうとどうなるか? イソギンチャクからほとんど離れないクマノミちゃんにとって、だれかが仲人になって適当な人を紹介してくれるとか、どこかの集会で相手に巡り逢うなんてことは、ありそうにもない。そもそもクマノミちゃんは、どうやって夫婦になるのであろうか???
■オスが性転換
その答えは、クマノミのオスは「オカマ」なのである! 普段はオスとして生活しているが、心の中では常に、メスになりたいと切望している(?)、でもメスに変身すると親に怒られる、じゃなくて一家のボスである既存のメスに追い出されるので、おとなしく機会を待っているのだ。
そして、女ボスがご臨終になると、念願かなって、メスに可憐に大変身しちゃうのだっ。ちょっと待った、じゃ、オスが居なくなるジャン…心配ご無用。居候子供軍団の中のガキ大将が、晴れて元服の儀となるのだ。
こうした性転換を生態学上では「雄性先熟」と言うのだが、こうした事実は、ほんの20年ぐらい前に解明され、学問的には比較的新しいことなのである。
性転換する魚はそれほど珍しいわけではない。ベラ、ハタ、キンチャクダイの仲間の多くは性転換をする。だが、メスからオスに性転換する「雌性先熟」型が多く、クマノミ類のような「雄性先熟」型は、少数派だ。
■子孫繁栄のための戦略
なぜかというと、動物界の最大テーマ「子孫繁栄の鉄則」の結果なのだという。一番大きくて強いやつがオスとなって、たくさんのメスを独占してハーレムを形成、卵を産ませるか? それとも、そいつがメスとなって、たくさんの卵を産むか? どっちがより有効な戦略か? ということに尽きる。アリやハチのような、たくさんのオスを従えた女王スタイルも選択肢のうちだ。
クマノミは、イソギンチャクという限られた場で暮らすため、多くの配偶者と出会う機会が少ない。このため、一夫一婦制という、確実に繁殖相手を確保できるスタイルを選び、自らが卵をたくさん産む、という戦略をとったということになるらしい。
■序列をめぐる闘い
一方、居候の子供たちであるが、居候になるのも楽ではない。新米の子供がイソギンチャクにたどり着くと、親分格のメス、若頭格のオスは、下っ端のことまでいちいち面倒見れるかよっ、てな態度なのだが、既存の居候子供軍団、特に、同程度の大きさのガキが、新米を追い出そうと激しく攻撃するのだ。
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イソギンチャクの中で家族団らんのように見えるクマノミ一家だが…
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軍団員の中にも、ちゃんと序列があり、先に居たから序列が高いのではなく、より大きく強い(普通は、先に生まれたもの、この辺は幼稚園児や小学校低学年児童のガキ大将グループの序列と一緒だ)ものの序列が高い。
この序列が高ければ高いほど、将来のいつの日にか、成熟して生殖にかかわる可能性が高くなるわけで、自分の地位と序列をかけ、邪魔者を排除しようとするのだ。
さて、無事に軍団員の立場を実力で確保できたとして、この中で、晴れて元服してオスになり、その後、自分の本来に目覚めてメスに変身できるのはどれぐらいいるのであろうか?
■一家団らんはうわべだけ
クマノミ一家は、完全な世襲制だ。先任者が居る限り、可能性はゼロ。ほとんどの居候子供軍団は性的に未成熟なまま、哀れに朽ち果てていくのであろう。恐ろしきまでの世襲システムである。
ただ、ボスが年老いてきて、力がなくなると、下克上も有りらしい。イソギンチャクの中のクマノミが、一家団らんでほほえましく見えるのはうわべだけで、実は、下克上のチャンスをみんなが狙っている「戦国一家」なのである。
もののついでに、水槽の中に、それぞれ別のイソギンチャクから拉致してきたメスとオス、子供を入れてみよう。水槽の中には、1戸、もとい1個だけイソギンチャク君を入れておく。それぞれのクマノミちゃんは「おおっ、わが家ー」とばかりに一目散にイソギンチャク君に殺到する。
ところが、である。メス同士でもオス同士でもないのに、でっかいメスがイソギンチャクを独占するのだ。追い出された方は、ふらふらとフータロウ状態になっちゃう。
やはり、相性というのがあるのであろうか? それとも、拉致された段階で、「元オス」は「メス」に大変身してしまったのであろうか? この実験はカクレクマノミでやったので、見た目での雌雄判別は難しい。今度は別のクマノミでやってみよう、などと、またまたくだらないことを画策している筆者であった。