タナトラジャで出会ったある高校教師は、トラジャ族の生き方について、「ヒドゥップ・ウントゥック・マティ」(死のために生がある)と表現した。「死のために生がある」。この言葉は、あらゆる意味で、タナトラジャの風土を象徴しているように思う。
舟型家屋トンコナンの集落(ケテ村)
|
|
|
 | レモ村の岸壁墓。木で作られた人形(タウタウ)が、死者の身代わりとして墓前に並ぶ
|
|
切り立った岩壁に掘られた墓場(レモ村)、冷え冷えとした鍾乳洞の中に横たわる人骨(ロンダ村)、何頭もの水牛を犠牲にして盛大に行われる葬儀。そのすべてが死の匂いを漂わせながら、ひっそりと山中に息づいていた。
だが、青々と茂る水田やコーヒー園にさんさんと陽の光が降り注ぐとき、トンコナンの舟型屋根が青空に向けて雄大にそそり立つのを眺めるとき、死とは対照的に躍動的な生を感じた。
人々は素朴で信心深く、死の粒子を吸いながら、むしろ生き生きと暮らしているようだった。
■苦境の観光産業
そのタナトラジャの最大の悩みは、回復のめどが立たない観光産業にある。
インドネシア・ガイド協会(HPI)南スラウェシ州支部によると、昨年十月のバリ島爆弾テロ事件以降、観光客数は約七五%減少。その直後のマカッサル爆弾テロ事件、新型肺炎(SARS)の流行、イラク戦争の勃発がさらに外国人観光客の足を遠ざけた。
回復軌道にあるバリ島に比べ、海外からの定期便がないことなど交通の不便さが足かせとなっている。国内旅行の活性化に伴い、現在はバリ島爆弾テロ事件前の約五〇%まで回復したが、失業状態のガイドがちまたにあふれ、多くのホテルで閑古鳥が鳴いていた。
■進む世代間ギャップ
一方、タナトラジャが観光地として発展するのに比例し、葬儀でいけにえにする水牛を無理に増やしたり、派手なパフォーマンスで観光客受けを狙ったりする傾向が現れた、という話も何度か耳にした。
また、多くの地方が抱える問題と同様、情報の流入につれて若者の伝統離れが進み、世代間ギャップが広がる事態も訪れるだろう。
ランテパオ市内で出会った少年四人組は「夢は四人で結成した音楽バンドで成功し、ジャカルタに進出すること」と笑顔で語った。
彼らは、タナトラジャに伝わるプヤ(死後の世界)の存在を信じておらず、伝統よりも最新ファッションの方に関心があるようだった。
観光産業が苦境にある今、タナトラジャの人々は、伝統と近代の狭間で、地域のアイデンティティーを改めて見直す時にあるのかもしれない。